2度目まして、ずくなし夫婦の妻です。
前回は不妊治療に至るまでの経緯を書かせてもらいました、今回は流産した時の話を書かせていただこうと思います。5年前の話なので曖昧な部分もありますがお許しください…
初の妊娠
初の妊娠は避妊を辞めて約1年で発覚しました。妊娠を意識していたこともあったので、生理が遅れて1〜2週間で検査薬を使って即調べました。
この時も謎の自信で絶対妊娠してると思ってたので検査薬で妊娠がわかった時もやっぱり!っと思ってました。
(そんなこと夫に言ったことないので、一緒にめちゃくちゃ喜びはしましたが 笑)
その後は病院探しです。
地元ではないし、どんな病院がいいのかわからないながらも口コミなど見て病院を予約しました。予約してすぐに診てもらえると思ってましたが心拍の確認などのこともあって1週間後にくるようにと言われました。
探した条件としては
・通いやすい(家から1〜2駅範囲、駅近)
・お産にも対応している病院(転院したくない)
・スタッフが優しい
・ご飯が美味しい
色々な病院に通った今なら女医さんがいるところ、診る先生は少人数がいいと他にも条件が思いつくんですが、その時はその病院がベストと思って選びました。
どの病院もそれぞれ良いところがあると思うのでどこが最善と言う訳ではないです。
私の中では通いやすいのは絶対条件です、
出産は人それぞれ何が起こるか予想がつかないので、いざという時すぐに診てもらえる方が安心だからです。
心拍が確認出来ない…?
ついに予約した日がやってきました。
婦人科、ましてや産婦人科に行くのは初めてです。
病院嫌いなので病院すら久しぶり。
怖すぎて夫についてきてもらいました。笑
夫も一緒に話を聞けるのかと思えば内診(超音波)などもあり1人で診察室へ…
診察台で股を開かれ胎嚢を確認、妊娠してますとのこと!
ただ心拍が確認出来ない…と、心拍が確認出来るのは個人差があるようですが6〜8週目くらいになるようです。
来週には心拍確認出来るかなと先生に言われたので、単純に妊娠してるという事実に喜びました。
その時は心拍が確認出来ないということがどういうことなのかも特に気にもせず、翌週の病院の予約を心待ちにしていました。
心拍が確認出来ないって意味がわかってる今だと相当不安な状況なんですが、当時の私は
そんな意味も知らず妊婦ライフが始まる〜♪とお気楽に考えてました。
稽留流産、手術へ
その後2〜3回診察がありましたが心拍の確認は取れず…次こそは確認出来る!と毎回思っていましたが残念ながら稽留流産との診断となりました
妊娠初期の流産は珍しいことではないと頭では理解していますが自分の行動が悪かった、自分のせいだと思い、夫にもだいぶ迷惑をかけたと思います。
私の通っていた病院では自然排出を待つのではなく、手術での摘出という形をとっていた為翌日に手術が決まりました。
術後安静が必要な為1週間仕事を休まなければならず、上司へは泣きながらの報告…
また夫以外の親族の同意が必要だった為、母に妊娠報告と同時に流産報告…
最初に病院に行った時には考えもしなかった状況に頭が整理出来ません。
ですが手術は待ってくれません…
あっという間に朝になり、
病院で最後の心拍確認、
着替えて自分で手術台の上に移動、
麻酔で一瞬で意識がなくなり気づいた時には手術は終わり、病室へ。
大部屋だった為入院中の妊婦さん達と同じ部屋…これがキツかったです。
妊婦さんの検査などで赤ちゃんの心拍が聞こえることもあり、泣きたいけど泣いてること気づかれるのも嫌でずっと我慢していました。
まぁ夫と母が来てくれた時に我慢なんて出来なくなっちゃうんですけどね。汗
食事が美味しい病院を選んでいたので食事が妙に豪華で美味しいのもまた悲しかったです。(自業自得)
翌日には退院。
病院では我慢してたけど、電車内など関係なく泣きながら帰りました。
1週間夫も在宅勤務にしてくれ、家事なども任せっきり。安静の期間が終わった後も気分転換にとパフェを食べに誘ってくれたり色々フォローしてもらいました。
たくさん迷惑をかけてしまったけど自分の夫がこの人でよかったな…としみじみ思いました。笑
終わりに
流産はとても辛い経験ではありましたが、自分の妊娠について、そして家族のありがたさを考えさせられる出来事でした。
この記事を書くにあたって当時を振り返りましたが、鮮明に思い出せるし、いまだに涙もでてくる出来事です。
でもこの妊娠、流産、(不妊治療)があってこそ今の自分や家族がいる。
もしこの経験を記事にすることで少しでも誰かの役に立てればと思って書いてみました。
自分のお腹に宿った命ですし、流産は自分のせいと責めてしまいがちですが、側にいる家族に自分の気持ちを話してみたり、フォローしてもらいながら乗り越えて欲しいと思います。